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「希望の轍」を聴きながら1990年前後の札幌の街を振り返る

皆さん、こんにちは。管理人のケルスです。ちょっとタイミングが遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。2019年、いよいよ本格的にブログを始めたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。

いやー、それにしても、平成最後の紅白歌合戦のラストシーン素晴らしかったですね。特に、「勝手にシンドバッド」での桑田とユーミンとの絡みは我々世代にとって、まさしく奇跡のようなワンシーンでありました。その前の「希望の轍」も良かったなあ。この曲を聴くと、なぜなのか今でもあの時代を自然に思い出してしまいます。

ところで、「希望の轍」を聴いていた時代、僕たちは札幌でどのような暮らしを送っていたのでしょうか。今回、1989年に発行された「札幌便利帳 VOL.2」というガイド本を読みながら、当時の札幌の街を振り返ってみようと思います。「食べログ」も「ホットペッパー」もなかった時代、僕たちはこうしたガイド本だけを頼りに女子受けしそうなトレンディスポットを探し回っていたんですよね~。

希望の轍とは

希望の轍」は、1990年に公開された映画「稲村ジェーン」のサウンドトラックアルバムに収録されていた曲です。シングル盤ではなかったんですよね、考えてみると。当時はサザンオールスターズと松任谷由美さえ聴いていればオシャレな若者だと信じられていた時代。恋愛至上主義とも呼ばれていた時代を代表する双璧アーチストがサザンとユーミンだったわけですが、トレンディじゃなかった大学生の僕はオシャレなサザンにもユーミンにも馴染めずに「何が稲村ジェーンだよ」なんて唾を吐き捨てていたものです。

その僕でさえ、なぜか今「希望の轍」を聴くと、あの時代を懐かしく思い出します。僕がダウンロードしている数少ないサザンの曲の1曲が「希望の轍」だということも、自分とあの時代とをつなぐキーワードとして、「希望の轍」が重要な役割を果たしているからなのかもしれません。

札幌便利帳とは

札幌便利帳」は(株)トランソニックが発行していたタウンガイドブックで、「これは便利な電話帳」というキャッチコピーが付いていました。今回ご紹介する情報は1989年に発行された「札幌便利帳 VOL.2」に掲載されているものです。イラストマップ、エリアマップ付きで650円でした。「本体価格632円」とありますから、3%の消費税導入後だったんですね。全ページ下部にどうでもいい口コミ情報が小さく載っているのが、意外とおもしろいです(笑)

1989年の札幌の喫茶店

まずは喫茶店コーナーからスタートです。南8条西18丁目にあった伝説の古民家カフェ「可否茶館倶楽部」は「コーヒー好きには必ずうける強い味は、逆に苦手な人も多いかも。古い家を改造した店舗もコーヒー好きにはたまらない」なんて、深煎り珈琲文化が定着する前の時代らしい説明文ですね。

炭焼き珈琲るびあ」は「なんと、ごまそばケーキやポテトチーズケーキなんていうスゴいのがあるのです」。個人的には焼きそば風のスパゲティ「焼きスパ」には随分お世話になりました。「ホールステアーズカフェ」は「自家焙煎の美味しいコーヒーを、落ち着いて飲むことができる店。器はすべてデンマーク製のロイヤルコペンハーゲンを使っている」とのこと。僕は深煎りフレンチコーヒーの味をこの店で覚えました。一日に4杯も5杯も飲んだりして。「ランバン」は「物静かなマスターが、コーヒーの好きな方なら満足してもらえるよ、とだけ言ってました」。当時は店舗が2階のみの時代だったんですね。

そのほか「倫敦館」「蔵人」「アンセーニュ・ダングル」「カフェ・アンフィニ」「北地蔵」「ロスマリン」「円山茶寮」「ふれっぷ館」「ウィーン」「ろまん亭」など、伝説のカフェがたくさん出てきます。「ロックフォールカフェ」はニューショップとして紹介されていました。「グッドアワー」は、現在「リトルジュースバー」が入っている古い蔵のお店。

あ、今もって伝説の「ぴーぷる・ぴーぷる」を発見!「店内は甘い香りでいっぱい。150種類の中から選んで作るケーキと大きめのパフェ、長寿の泉・イチゴ白書なるヨーグルトドリンクと考えただけで、、、」。現在進行形で大好きな「苺館」は「チャイにラッスィー、自家製ケーキにアイリッシュフォーク。外での時間を忘れてマトンカレーを食べると、生まれ変わった自分が思い浮かぶかも」。

ZAZI」は「木で統一された店内は居心地が良くてゆったりできる」。当時23時まで営業していたので、女の子と夜カフェと言えば「ZAZI」が多かったような気がします。ススキノで飲んだ帰りに立ち寄る時は、午前2時まで営業していた「サンローゼ」。狸小路の「じゃがいもハウス」は「お客様の9割は若い女性だそうです」。当時、無口のカネコ君がアルバイトしていました。

ササキツカサ君の大好きな中島みゆきの曲にも登場する「ミルク」。「木造りの店内にはレコード、雑誌が山積みになり、15年前に店内に貼っていたポスターまで残っている」は、今とあまり変わっていないかも。「しゃべりたい、しゃべりたい」は「ログハウス調の店内に流れるBGMはソウル、ロック、カントリーなど。ホットラムコーヒーというラム酒入りのココアはマスターの自信作」。

こうして見ると、現在も続いている老舗のお店が意外とたくさんあるんですね。このブログでも老舗の喫茶店巡りに挑戦してみたいと思います!

1989年の札幌のファーストフード

次は学生に人気だったファーストフード店。ヨークマツザカヤの1階にあったアイスクリームの「ホブソンズ」は「100%天然フレーバー、脂肪分が高く、こってりした感じ」。ススキノでアイスクリーム食べるのが何となくオシャレな気がしていました。中高生女子に人気でしたよね。

狸小路やすすきのにあったピザの「シェーキーズ」。村上春樹の「ダンス・ダンス・ダンス」にも登場したのを読んで通いつめました。あ、同じく「ダンス・ダンス・ダンス」に登場していた「ダンキンドーナツ」が掲載されていません。1989年頃、まだ平岸の西友駐車場にあったような気がしたけど。

1989年の札幌のファミレス

深夜、食事に出かけると言えばファミレスという時代でした。「びっくりドンキー」は当時既に市内各地にあったけど、僕たちは24時間営業の美園店に入り浸っていることが多かったです。東苗穂にあったラム肉レストランの「ハーフダイム」は「さびれた大きな倉庫としか思えない外観。入口を入ると坑道のようなトンネル。その奥にレストラン」。ファミレスなのに、何だかオシャレな感じがして、ドライブデート御用達でした。学生にはちょっと高かったけど(お勧めのゴールドブリアンヘルシーセットは1,730円)。

1989年の札幌の飲み屋

何だかキリがないような状況になってきました。学生のコンパ御用達のお店に行きます。お店のチョイスが面倒くさい時には「ぽてとサーカス」で、「店内は大勢の若者たちでいつも賑わっている」そうです(当時やたらと幹事を任されることが多かった)。♪うまいぞるっく、刺身がデカい~、狸小路の「瑠玖」はフルタ君がアルバイトしていました。どちらかと言えばサラリーマンのお店というイメージ。「北海道時代」「おーい北海道」、サークル仲間とよく利用しました。「ペンギン村」は「若い人が多くメニューの回転が早い」とか。「人気のジャンボシューマイ360円」。北24条の「なると」は「安くてうまいから、低予算で大満足です」。

「札幌で一番安いプールバー」の「マンハッタンクラブ」。ビリヤードするために何時間待ちという時代でした。ビリヤードと言えば「ブルース・アレイ」も行ったなあ。「200種類のバーボンと和洋中の料理。店内にはビリヤード、ダーツ等がある」。

オシャレなビアレストランと言えば「桜月(サクラムーン)」で「2Fは全面ガラス張りで天窓もあり、夜は星を見ながらカクテルで乾杯」。ここぞの勝負デートに使うことが多かったです。カラオケだったら「スイング・ダック」、「2000円で飲み放題のシステムがあり、こちらがお得。ステージがあってそこで歌えます」。当時の得意技は稲垣潤一でした(爆) あ、ユキさん御用達の「泣き虫ピエロ」にも通いました。踊りに行くなら「エクシング」で「バーコーナーでは、ゆったりとカクテルを味わえる」と、マツウラ君は女の子よりもギムレットに夢中でした。最後に生バンドだったら「ケントス」で「オールデイズならここ」だったみたいです。

1989年の札幌のショッピング

最後にショッピングスポットをちょっとだけ。オシャレなインテリア雑貨といえば「ブルーハウス」。円山パスバイビルの元旦営業(午前0時開店)に並んだことを思い出します。ポールタウンの「王様のアイディア」で買った誕生日プレゼント、アベちゃんの微妙な反応が忘れられない(笑)

本屋さんだったら有楽ビルの「紀伊国屋書店」かエイトビルの「旭屋書店」、4プラの「維新堂」「パルコブックセンター富貴堂」あたり。平岸のアパートの近くには「本の店・岩本」があって、深夜までフラフラしていました。

CDを買うなら、日の出ビルの「玉光堂」か、そごう7階「山野楽器そごう店」など。中古レコード専門店も元気だった頃で、「レコーズ・レコーズ」なんかは南2条店の他に4プラや琴似にもお店がありました。僕は平岸の「ページワン」の親父さんに随分可愛がられましたが。学生バンドのライブと言えば「ペニーレーン」や「ベッシーホール」なんかが定番でしたね。

映画館のコーナー見たら、札幌市内に40軒ほどの映画館が掲載されています(ピンク映画や自主制作も含めてですが)。「邦画から洋画まで一般劇場公開されない作品の中から優れた作品を選抜して上映」していた「イメージガリレオ」はマンさんのお供で随分通いました。

まとめ

以上、1989年当時の札幌を駆け足で振り返ってみました。あまりにも思い出が多すぎて1回で振り返るのはさすがに無理がありすぎです(笑)まだまだ書きたいことはたくさんあるので、いずれひとつづつご案内してみたいと思います。「希望の轍」から懐かしい思い出がどんどん溢れ出してきて、何だかすごく元気をもらったような気がします。辛いことや大変なことも多い毎日ですが、これでもうしばらくは頑張ることができそうです。皆さん、今年もお互いに健康第一で頑張りましょう!

ABOUT ME
ささら
ささら
札幌ソロ活代表。18歳のとき、住みたい街ランキング1位の札幌に移住。カフェ巡りと文学散歩を軸に、季節の札幌散策を楽しんでいます。好きな言葉は「振り出しに戻る」。
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