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船山馨「北国物語」は昭和初期の札幌が舞台の青春恋愛ミステリー小説

船山馨「北国物語」は昭和初期の札幌が舞台の青春恋愛ミステリー小説

冬は読書にぴったりの季節です。

暖かい部屋で熱いコーヒーを飲みながら、札幌を舞台にした小説を読んでみませんか。

今回は船山馨の「北国物語」をご紹介します。

船山馨は札幌西高の卒業生

船山馨は札幌生まれの小説家です。

新聞記者時代を回想する船山馨(昭和27年9月 北海道新聞)新聞記者時代を回想する船山馨(昭和27年9月 北海道新聞)

大通西8丁目、南大通に面して船山馨生誕地の説明板があるので、覚えている方も多いのではないでしょうか。

船山馨が生まれたのは1914年(大正3年)で、歴史的には第一次世界大戦が始まった年のことです。

札幌西高校を卒業後、早稲田大学や明治大学を中退した船山馨は北海タイムス(現在の北海道新聞社)の記者として働き始めます。

私が北海道タイムスへ入ったのは、たしか、昭和十一年ごろである。札幌の本社にいたのは一年余りで、あとは昭和十七年の春に退社するまで、東京支社勤務であったが、私は徹底的に無能で、おまけに怠け者の記者であった。(昭和27年9月10日付け北海道新聞)

上京後に文学活動を開始、いくつかの作品が芥川賞候補となるなど、注目の作家となりました。

戦後は「第一次戦後派」として活躍、昭和中期には「石狩平野」「お登勢」といった北海道開拓をテーマとした歴史小説でも高い評価を受けています。

芥川賞候補にもなった「北国物語」

今回ご紹介する「北国物語」は1941年(昭和16年)、太平洋戦争が開戦した年に発表された作品です。

「北国物語」を紹介する新聞コラム(昭和40年11月 北海道新聞)「北国物語」を紹介する新聞コラム(昭和40年11月 北海道新聞)

このとき船山馨は27歳

第14回芥川賞候補作となるなど、この作品は船山馨の名前を広めた作品として知られています。

昭和40年の北海道新聞に掲載された文芸コラムの中で、「北国物語」は次のように紹介されています。

当時、南大通西六で美しい白系露人三姉妹の営んでいたカフェー「シベリア」をモデルにしたといわれるこの物語は文中四十七回も出てくる『哀しみ』または『悲しみ』でもわかるように安住の故郷を見いだせない人々の悲しい心のかげりと魂のふるえで色どられている。(昭和40年11月18日付け北海道新聞)

昭和初期の青春ミステリー小説

「北国物語」のジャンルを簡単に言うと、青春小説あるいは恋愛小説に少しミステリーの要素が加えられたエンターテイメント性の高い作品ということができると思います。

もちろん、芥川賞候補になるくらい文学性の高い作品であることは間違いありませんが、あまり身構えずに肩の力を抜いて読んでほしい小説です。

管理人の手元にある「北国物語」は、昭和47年(1972年)発行の角川文庫版。

角川文庫版「北国物語」の表紙は佐藤忠良角川文庫版「北国物語」の表紙は佐藤忠良

表紙のイラストは札幌西高校や早稲田大学時代の同窓生でもある彫刻家・佐藤忠良の作品が使われています。

角川文庫版「北国物語」の裏表紙角川文庫版「北国物語」の裏表紙

大通公園西1丁目にあった消防望楼が描かれていて、昭和初期の札幌の雰囲気を感じさせてくれます。

孤児、不倫の子、ロシア娘

主人公は孤児であり苦学の末に東京の大学を卒業して札幌の新聞社に就職した真岐良吉

叔母の果樹園で暮らし始めた真岐は、同居するいとこの信之とともに、叔父の不倫の子である衣子や、北海道に渡る連絡船の中で知り合ったロシア娘ナターシャと青春ドラマを繰り広げます。

戦前の小説なので、設定が古臭いと感じられる部分もありますが、若い男女の機微を描いた作品なので意外とスルスル読めてしまいます。

戦前期の札幌の風景

この小説の最大のポイントは、昭和初期の札幌の風景が美しい文章で描かれていることです。

十字街には三越デパートの支店が瀟洒な六階建てでそびえていた

自動車は停車場通りをまっすぐに中島公園へぬける広い電車通りを走っていた。道路の両側に巨大なアカシアの街路樹が鬱蒼として続き、その緑の繁みのあいだから、五番館デパートの赤煉瓦の建物がちらちら覗いたり、むかし北海道一といわれた山形屋旅館の古い木造建築が見えたりするのはもとのままの風景であったが、その山形屋の一丁も先には鉄筋コンクリートの八階建てのグランド・ホテルができ、そのまた少し先の十字街には三越デパートの支店が瀟洒な六階建てでそびえていたりするのは、さすがにここにも十四年の歳月がうかがわれるのであった。

三越の札幌出店は昭和7年、札幌グランドホテルの建設は昭和9年のことでした。

札幌三越が創業した当時の西4丁目十字街札幌三越が創業した当時の西4丁目十字街

都会的なデパートや近代ホテルの登場により、札幌の街は大きな変貌を遂げて行きます。

このあたり一帯の山麓を人びとは軍艦岬と呼んでいるのだ

やがて雑木林を出外れると、急に視野がひらけ、意外に近いところに高梨農園の白いペンキ塗りの二階建てといく棟かの平屋とが、あたりいち面の藤色の小さい亜麻の花に囲まれて建っているのが見えた。亜麻畑のすぐ後ろには藻岩山の山裾が迫っていたが、それが引き裂いたような赤い岩肌の、高い崖になっていて、ちょうど船の舳先のように見えるので、このあたり一帯の山麓を人びとは軍艦岬と呼んでいるのだということであった。

主人公の真岐が居候する叔母の果樹園は「軍艦岬」の目の前にあります。

果樹園の人々は、大通まで出るために軍艦岬から南21条の電車通りまで徒歩で移動するのですが、毎日の通勤を考えると、これはかなりの重労働です。

結局、真岐も果樹園を出て、中心部に部屋を借りてしまうのですが。

電車の線路にはたいてい毎朝たくさんな除雪人夫が働いていた

電車の線路にはたいてい毎朝たくさんな除雪人夫が働いていたし、大雪の朝などには、ラッセル式の除雪電車がさながら黒い魔物のように、天空高く濛々と雪煙りを吹き上げながら通ってゆくのを見ることも珍しいことではなくなった。そういう風にして線路の脇に積み捨てられた雪は、たちまちのうちに人の背ほどの高さになって、ながながと線路に沿うて雪屏風をつくった。雪の軒先に立っていると、その雪の壁に遮られて、走っている電車の屋根とポールだけしか見えないのだった。

電車通りの除雪風景は、もはや札幌の冬の風物詩とも言うべき光景でした。

おそらく昭和初期の札幌では現在よりも多くの雪が降り積もっていたものと思われます。

除雪された雪は、道路の脇に積み上げられて、街の中に雪の壁を作りだしていました。

紀元節の夕方から全市を挙げて行われる氷上謝肉祭

毎年二月十一日、紀元節の夕方から全市を挙げて行われる氷上謝肉祭(カーニヴァル)が、今年は約ひと月繰りあがり、この二十日の夜になったとかで、運動具店やお菓子屋の飾り窓や、狸小路の一角にかたまっている貸衣装屋の店先などに、急にぱっと花が咲いたようにカーニヴァルのための飾りつけがされ、街の中がなにかうきうきと明るい弾みを見せていた。

物語のクライマックスは、戦前まで冬の札幌の風物詩と呼ばれていた中島公園の氷上カーニバル

冬の風物詩だった中島公園の氷上カーニバル冬の風物詩だった中島公園の氷上カーニバル

読者をあっと言わせる、驚くようなラストシーンが待っていますが、それは実際に読んでみてのお楽しみということで。

まとめ

以上、船山馨の「北国物語」についてご紹介いたしました。

最後に「北国物語」のお勧めポイントをまとめておきたいと思います。

・昭和初期の札幌の街が舞台
・若い男女の微妙な恋愛模様が描かれている
・ドラマチックなラストシーンが印象的

札幌を舞台にした小説はたくさんありますが、この作品は札幌文学史に残る名作中の名作だと、管理人は考えています。

皆さんもぜひ、昭和の名作に触れてみてくださいね。

船山馨の「北国物語」は既に入手困難ですが、図書館で読むことが可能ですよ。

なお、その他の札幌を舞台とした小説については、別記事「札幌が舞台として登場する小説10選/有島武郎から村上春樹まで」で詳しく紹介しているので、併せてご覧ください。

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札幌が舞台として登場する小説10選/有島武郎から村上春樹まで明治の昔から、札幌には多くの文学者が訪れてきました。札幌の街はいつの時代も、人々の心に多くのドラマを描き出してきたのです。 リラ冷えの...
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ささら
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札幌ソロ活代表。18歳のとき、住みたい街ランキング1位の札幌に移住。カフェ巡りと文学散歩を軸に、季節の札幌散策を楽しんでいます。好きな言葉は「振り出しに戻る」。
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