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旭川の観光スポットが次々に登場する小熊秀雄の「旭川風物詩」

焼かれた魚

旭川と言えば三浦綾子だけど、、、

旭川駅に降り立ってから、さて、どこへ行こうかと考えた。今回の旅行は、札幌から旭川に向かう列車に乗ることが目的だったので、旭川で何をすべきなのか、明確なプランはありません。とりあえず、駅前のイオンの中にあるスターバックスコーヒーに入って、ダブルトールラテを注文。ここで本を読みながら過ごすのも楽しそうだけれど、わざわざ旭川までやってきたのだから、どこかで文学散歩らしいことをしたい。

旭川といってすぐに思いつく文学者と言えば三浦綾子に決まっている。旭川市内には三浦綾子記念文学館という施設があって、タクシーに乗れば5分もかからないはず。夏だったら歩いても良いけれど、この吹雪の中を30分近く歩いて行く気にはなれない。ちなみに、文学館方面に行くバスもあるらしいけど、旭川市内のバス路線はなんだか複雑な感じがして、旅人の選択肢としてはあまり現実的じゃない。もっとも、三浦綾子記念文学館には過去にも行ったことがあるので、どうしても今日行かなければならないという強い必然性もないような気もします。

小熊秀雄の「焼かれた魚」

次に思いついたのが、旭川出身の詩人、小熊秀雄。もともと小樽で生まれた小熊は、各地を転々とした後、旭川で新聞記者になりました。働きながら創作活動を始めて上京、詩人として活動しますが、太平洋戦争が始まる前年の昭和15年、わずか39才の若さで病死しています。旭川市では「小熊秀雄賞」なる文学賞を創設するなど、地域を代表する文学者であることに間違いないけれど、本道と小熊秀雄との関係性についての一般的な知名度は、残念ながらあまり高くはないのが現状ではないでしょうか。

焼かれたサンマ

小熊秀雄の作品といって、僕が真っ先に思い出すのは、幼少期に読んだ「焼かれた魚」という童話(当時は絵本で読んだような気がする)。とある街の家庭で焼かれたサンマが、白い皿の上に乗せられながら遠い故郷の海を思い出す。あまりの海恋しさにサンマは、猫や鼠や野良犬、カラスといった動物たちに、自分の体の一部を提供する代わりに、海まで運んでくれるよう懇願しますが、どの動物たちも、サンマとの約束を反故にして、途中でサンマを置き去りにしてしまう。

とうとう骨だけになってしまったサンマは、蟻たちの同情を受けて海辺の丘の上から海中へと放り込まれますが、海の水は痛いほど冷たく、海の塩は骨だけの体に沁み、両目も失っているサンマはキチガイのように泳ぎ回るしかない。やがて、砂浜に打ち上げられたサンマの骨を白い砂が埋めて、物語は終わる。

言うまでもなく、サンマは僕たち自身の姿です。望みを叶えようと、必死に救いを求めながらも裏切られ、数多くのものを失っていく。何度も何度も信じては裏切られていくサンマの姿は、まさしく僕たち自身の姿に他ならないと、僕は思う。あるいは、それは、新聞記者の職を辞して詩人として生きる道を選ぼうとしている小熊自身の、悲惨な決意表明であったかもしれません。発表から90年以上が経った現在も、この作品の持っているリアリティと多くの示唆は少しも損なわれていないのです。

北国の夜の街は白痴美

ところで、小熊秀雄は亡くなる2年前に懐かしき旭川を訪れて「旭川風物詩」という作品を遺しています。この作品には、当時の旭川の見所がいくつも紹介されているので、文学散歩にはもってこいの題材なのですが、いざ出発しようとすると、真冬の旭川らしい猛吹雪が吹き荒れていて、ひとつ間違えば、街中で遭難しかねないようなホワイトアウト状態。とても散歩どころじゃない(笑)北海道らしいといえば北海道らしいけれど、気ままな散歩に吹雪はやっぱり似合わないかな。

「鈴蘭通りの美しさ、北国の夜の街は白痴美、商店街のネオンサインは、光りの瞼をうごかさず」と詠われた「師団通り」は、戦後「平和通り」と改称され、現在は日本初の歩行者天国「買物公園」となっています。「北国の夜の街は白痴美」というフレーズからは、この通りが昭和初期の頃から旭川駅前のメインストリートであったことが伝わってくる。その他、作品中には「旭橋」や「常磐公園」など現在でも活躍中の施設が登場しており、旭川の普遍的な象徴としての姿が見えてくるようです。

いつかまた、できれば天気の良い日に、旭川文学散歩に訪れたいと思います。

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ささら
ささら
札幌大市民。18歳のとき、住みたい街ランキング1位の札幌に移住。カフェ巡りと文学散歩を軸に、季節の札幌散策を楽しんでいます。札幌ステラプレイスが大好き。
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