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大通公園の「石川啄木像と歌碑」はビルと緑に囲まれた明治浪漫だ

大通公園の「石川啄木像と歌碑」はビルと緑に囲まれた明治浪漫だ

札幌市内に石川啄木に関係する文学碑はいくつかありますが、中でも最も有名なのは大通公園にある石川啄木像と歌碑だと思います。

札幌中心部の文学散歩にぴったりの文学碑なので、札幌観光の際にはぜひお立ち寄りください。

大通公園の石川啄木歌碑のこと

大通公園の石川啄木歌碑は、啄木の70回忌にあたる1981年(昭和56年)、石川啄木記念像設立期成会によって建立されました

大通公園3丁目にある石川啄木像と歌碑大通公園3丁目にある石川啄木像と歌碑

期成会の会長は、札商会頭で札幌観光協会会長でもあった今井道雄さん(丸井今井百貨店三代目)。

除幕式は、明治40年、啄木が札幌に移転してきた日と同じ、914日に開催されました。

石川啄木ブロンズ像の制作者は、北海道女子短期大学教授だった彫刻家・坂坦道さん

歌碑に刻まれた短歌は書家・中野北溟さんの書によるもので、「石川啄木歌碑」の揮毫は板垣武四札幌市長でした。

啄木の記念碑建立の機運は、1981年(昭和56年)3月から急速に盛り上がり、わずか6か月間で実現こぎ着けたと言われています。

除幕式の同日、ホテルアルファ・サッポロで開催された祝賀パーティーには、啄木の孫にあたる石川玲児さんも出席しました。

大通公園の啄木歌碑を読む

大通公園の啄木歌碑には、主に3つの文章が記載されています。

歌碑の横に啄木像がたたずんでいるようにも見える歌碑の横に啄木像がたたずんでいるようにも見える

まず、歌碑正面に刻まれている作品は、啄木の代表歌集『一握の砂』所収の短歌です。

しんとして幅廣き街の/秋の夜の/玉蜀黍の焼くるにほひよ

次に、歌碑の側面には、啄木の執筆により、北門新報に掲載された『秋風記』の一部が抜粋して刻まれています。

(秋風記より)札幌は寔に美しき北の都なり。初めて見たる我が喜びは何にか例へむ。アカシヤの並木を騒がせ、ポプラの葉を裏返して吹く風の冷たさ。札幌は秋風の国なり、木立の市なり。おほらかに静かにして人の香よりは樹の香こそ勝りたれ。大なる田舎町なり、しめやかなる恋の多くありさうなる郷なり、詩人の住むべき都会なり。(明治四十年作)

さらに、『秋風記』の下に、本記念碑を設置することとなった経過が書き込まれています。

国民的歌人として知られる石川啄木が函館・札幌・小樽・釧路と本道漂白の旅を続けたのは、二十一歳の折の明治四十年春から翌年の春にかけてであった。さっぽろんは秋九月の二週間滞在し、北門新報社に勤めた。啄木の代表歌集「一握の砂」は近代詩歌史上もっとも愛唱されているが、ここに刻んだ歌には明治の札幌の心情が鮮やかに詠まれている。啄木は札幌を「美しき北の都」とも「住心地最もよき所」ともいったが、そのゆかりを想い、ことし七十回忌にちなんでこの記念碑を建立するものである。(昭和五十六年九月十四日 石川啄木記念像設立期成会)

石川啄木歌碑について想うこと

大通公園の啄木歌碑は、札幌文学散歩の入門編にはぴったりの文学です。

啄木の綴った「秋風記」と記念像建立の経過啄木の綴った「秋風記」と記念像建立の経過

啄木のブロンズ像と一緒に記念写真を撮る観光客の姿も絶えず、文学マニアのみならず、一般の観光客にも人気の観光スポットになっているほどで、札幌では超メジャーな文学スポットと言うことができそうです。

大通公園散策を趣味としている管理人は、季節の移り変わりの中で、この啄木の歌碑を楽しんでいます。

大通公園3丁目は、とりわけ観光客の多いエリアなので、都会の喧噪の中で啄木像と向き合っていると、石川啄木という明治の文学者が、本当に身近な存在に感じられてくるから不思議です。

大通公園の石川啄木歌碑の魅力とは?

大通公園の石川啄木歌碑の魅力を3つご紹介します。

ビルと緑に囲まれた石川啄木のブロンズ像

石川啄木の歌碑は大通公園3丁目の北側一画にあります。

啄木像の向こう側には石屋製菓のノスタルジックなビルが見える啄木像の向こう側には石屋製菓のノスタルジックなビルが見える

札幌駅の正面から続く札幌駅前通りをまっすぐに南下すると、大通公園にぶつかりますが、このとき東側(札幌テレビ塔側)に広がるのが、大通公園3丁目です。

札幌駅前通りと大通公園が交差するこのエリアは、まさしく札幌の一等地で、札幌都心に啄木の像があるということになります。

札幌テレビ塔側から啄木像を見ると、地下鉄「大通駅」入り口の向こう側に「札幌大通西4ビル」が見えます。

海道を代表する菓子メーカー「石屋製菓」のビルで、大きな時計が目印のノスタルジックなビルです。

さらに、啄木像を正面から見ると、その後ろには北洋銀行の巨大ビル「大通ビッセ」がそびえ立っています。

そして、啄木像の天を仰げば美しい木立が、太陽の光に青葉を光らせています。

石川啄木の歌碑は、札幌中心部の近代的ビル群の中で、豊かな緑に囲まれながら、明治浪漫を語りかけているかのようです

玉蜀黍の焼くる匂いよ

大通公園の歌碑に刻まれた啄木の作品は、デビュー歌集『一握の砂』に収録されている『しんとして幅廣き街の秋の夜の玉蜀黍の焼くるにほひよ』です。

木立に囲まれた啄木像の背後には北洋銀行の大きなビルが建つ木立に囲まれた啄木像の背後には北洋銀行の大きなビルが建つ

明治後期の札幌の秋の夜の情景を伝える歌として、おそらくこれ以上にないくらい詩情豊かな作品であり、札幌を代表する啄木の短歌作品と言っても、おそらく過言ではないでしょう。

『一握の砂』収録作品のうち、札幌で創作されたものは4首ありますが、「幅廣き街」も「玉蜀黍の焼くるにほひ」も、啄木が過ごした明治40年の秋の札幌の街の情感をしっかりと伝えてくれています。

大通公園の歌碑は、そこに刻まれている作品の力も大きな魅力になっていると言えるようです。

歴史を刻みつつある啄木歌碑

大通公園の啄木歌碑が建立されたのは、前述のとおり1981年(昭和56年)です。

緑の中に石川啄木の像が静かにたたずんでいる緑の中に石川啄木の像が静かにたたずんでいる

実はこれより前、札幌市内では平岸の天神山に啄木の歌碑が設置されていましたが、平岸地区は啄木ゆかりの地ではなく、かつて林檎園だった時代を偲ぶために、啄木作品の歌碑を建てたという事情がありました。

つまり、純粋に石川啄木という歌人を偲ぶ歌碑としては、大通公園のものが札幌で初めてということになります。

来年2021年(令和3年)は、大通公園の啄木歌碑が建立されて40年という節目の年です。

戦後、観光都市として大きく発展してきた札幌の中心部で、啄木歌碑が担ってきた観光上の功績は決して小さくはないと思います。

札幌へ行ったら大通公園へ行こう、そして、石川啄木の歌碑を見よう。

そんな観光客の思いを、啄木の歌碑は大切に育んできたと言えるのです。

文学散歩の楽しみ方

大通公園の石川啄木歌碑は、普通に観光スポットなので、札幌観光のときは、必ずコースに入れることをお勧めします。

啄木像と歌碑の横には、解説版も設置されている啄木像と歌碑の横には、解説版も設置されている

野外展示の彫刻作品で、見学時間に縛られないので、早朝の大通公園散歩などに組み込んでおくと、滞在時間を有効活用した効率的な観光にも繋がります。

(石川啄木像・歌碑)歌人 石川啄木(1886-1912)が札幌に滞在したのは1907年(明治40年)9月14日から27日までのわずか2週間でしたが、処女歌集『一握の砂』には札幌の印象を詠んだ歌が収められています。ここに刻まれているのは、その中の一首です。啄木の70回忌に合わせ、札幌在住の文学関係者と札幌観光協会によって建立されました。(解説板より)

観光シーズンには「とうきびワゴン」で焼きトウキビを売っているので、啄木の歌にある「玉蜀黍の焼くるにほひ」を楽しむのも良いですね。

季節としては、実際に啄木が滞在していた秋が最高ですが、初夏の爽やかな札幌もお勧めです。

まとめ

大通公園の石川啄木歌碑は、札幌文学散歩の入門編に最適

焼きトウキビを食べながら、啄木のブロンズ像と一緒に記念写真を撮ろう

夏の早朝は観光客も少ないので、啄木の作品とゆっくり向かい合えます。

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ささら
ささら
札幌大市民。18歳のとき、住みたい街ランキング1位の札幌に移住。カフェ巡りと文学散歩を軸に、季節の札幌散策を楽しんでいます。札幌ステラプレイスが大好き。
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