旧・札幌ピープル

札幌が舞台として登場する小説10選/有島武郎から村上春樹まで

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明治の昔から、札幌には多くの文学者が訪れてきました。

札幌の街はいつの時代も、人々の心に多くのドラマを描き出してきたのです。

リラ冷えの街 / 渡辺淳一

昭和40年代の札幌を舞台に繰り広げられる長編恋愛小説です。

主人公は北大植物園に勤務する研究者で、妻子ある身でありながら、同年代の人妻と強引に肉体関係を持ちます。

熱い不倫愛を語りますが、相手の女性が妊娠した際には「今回だけは子どもをあきらめてくれ」と堕胎するよう頼み込み、中絶後に2人は別れるというゲス不倫小説の黄金パターン。

札幌の街が季節の移り変わりとともに美しく描かれているので、ゲス不倫まで爽やかな大人の青春物語に感じられます。

大人のときめきを感じたい人に。

宗宮佐衣子は午後三時に、山に近い円山の実家を出ると車で真っ直ぐ四丁目へ向かった。四丁目は駅前通りと南一条通りの交叉する十字路で、札幌で最も人通りの多い場所である。佐衣子はその角で車を降りると交叉点を渡り、向い角の三越デパートへ入った。六月に入って間もなかったが、表に面したショーウインドーには、夏を呼ぶワンピースやブラウスが色とりどりに展示されていた。

北都物語 / 渡辺淳一

昭和50年前後の札幌を舞台に繰り広げられる長編恋愛小説です。

主人公は東京から札幌へ単身赴任してきた中年男性で、ススキノのスナックで働く女子大生と肉体関係を持ちます。

しかし、その女子大生には同年代の彼氏がいて、単身赴任の中年男性は会社の秘書にも目がくらみます。

おまけに秘書の女性は女子大生の彼氏とも深い関係を持っていたという、ドロドロの人間関係に包まれたゲス不倫物語。

最後は妊娠・中絶・破局の黄金パターンですべてが解決してしまうからすごい。

相変わらず、四季折々の札幌の街が美しく描かれていて、まるで爽やかな青春物語。

日常生活に刺激を求めたい方に。

「この川を中心に左が西、右が東で、それぞれ一区画ごとに一丁目、二丁目と順に数えていくわけだ」塔野は女性達に札幌の地図を教える。「横の方はこれから行く大通りを中心に、南北にそれぞれ一条、二条と数えていく」「じゃあ、この川と大通りがぶつかるところがグラフの原点ね」「それがあのテレビ塔のあるところだ」月のない夜空に、テレビ塔の赤い灯が浮び上っている。

札幌夫人 / 吉行淳之介

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1960年代、高度経済成長期の札幌を舞台に繰り広げられる中編人間ドラマです。

主人公は東京から札幌へ単身赴任してきた中年男性で、ススキノのキャバレーで働く女子大生と愛人契約を結びます。

とにかく性処理のための現地妻がほしいというだけの単身赴任男性ですが、最後の場面で、愛人の女性が複数の男性と愛人契約を締結していることが明らかとなって、なんだか滑稽な気持ちになってしまうお話。

ススキノにはツブ焼き小屋が並んでいるなど、昭和30年代後半のススキノの描写が非常におもしろいです。

筋書きはともかく、当時の札幌の風俗は十分に楽しめますよ。

札幌に転勤になって一ヶ月目の夏の夜、東野はキャバレー街を素通りして、この一郭に歩み込んだ。同じ道幅だが、この横丁の入口までで舗装は尽き、雨上がりの道はひどくぬかる。小屋を覗くと、五十年輩の女が金網の上に小さな貝を並べて焼いている。蝋燭の灯と、金網の下の赤い炭火とが、その女の薄化粧した顔を薄明るく照し出している。

昔のススキノに興味がある人に。

お末の死 / 有島武郎

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大正時代の札幌豊平河畔の貧民街を舞台にした短編小説です。

主人公は札幌遠友夜学校に通う14歳の少女ですが、父を亡くして母親だけの一人親家庭で、多くの兄弟姉妹とともに家業の床屋の手伝いを余儀なくされていますが、次々と家族が死んでいく中、荒れる母親からの暴言に耐えきれずに自殺してしまいます。

貧困が少女の自由や将来を奪っていく過程が、短い物語の中で克明に描かれています。

社会福祉制度がまだ十分ではなかった時代、家庭にとっては少年少女も貴重な労働力でした。

貧困問題に関心のある方に。

昼過ぎに力三は裏の豊平川に神棚のものを洗いに出された。暑さがつのるにつれて働くのに厭て来たお末は、その後からついて行った。広い小砂利の洲の中を紫紺の帯でも捨てたように流れて行く水の中には、真裸になった子供達が遊び戯れて居た。力三はそれを見るとたまらなさうに眼を輝かして、洗物をお末に押しつけて置いたまま、友と呼びかわしながら水の中へ這入って行った。

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札幌 / 石川啄木

明治末期の札幌を舞台にした未完成・未発表の小説です。

函館から札幌へ出てきて市内の新聞社で働く啄木が、小樽の新しい新聞の創刊に加わろうとしている様子が描かれていますが、なにしろ未完の物語なので、どのような展開が待っていたのか分からないのは残念。

ただ、随所に明治末期の札幌市内の美しい描写が出てくるところは読み応えがあります。

札幌駅、アカシヤ街、五番館など、明治情緒溢れる秋の札幌は、本当に素晴らしいなあと思います。

明治浪漫の札幌を歩きたい人に。

改札口から広場に出ると、私は一寸立停って見たい様に思った。道幅の莫迦に広い停車場通りの、両側のアカシヤの街樹は、蕭条たる秋の雨に遠く遠く煙っている。其下を往来する人の歩みは皆静かだ。男も女もしめやかな恋を抱いて歩いてる様に見える。蛇目の傘をさした若い女の紫の袴が、そのあたりの風物としっくり調和していた。

北国物語 / 船山馨

昭和初期の札幌を舞台に繰り広げられる青春物語です。

主人公は東京の大学を卒業して札幌市内の新聞社へと就職をした青年で、大通公園近くにある小さなレストランで働く美しいロシア人女性を中心に、主人公のいとこである若い男女とともに青春の葛藤を展開していきます。

最後の場面でロシア人女性が偏愛に狂ったロシアの中年男性に殺されてしまうあたりはエンターティメント小説の域を出ていませんが、少なくとも戦前の札幌の街に関する美しい描写に触れるだけでも、テンションはかなり盛り上がります。

ピュアな青春物語に憧れている人に。

道路の両側に巨大なアカシアの街路樹が鬱蒼として続き、その緑の繁みの間から、五番街デパートの赤煉瓦の建物がちらちら覗いたり、むかし北海道随一と言われた山形屋旅館の古い木造建築が見えたりするのは、もとのままの風景であったが、すぐその山形屋の一丁も先には、鉄筋コンクリートの八階建てのグランドホテルができ、そのまた少し先の十字街には、三越デパートの支店が瀟洒な六階建てで聳えていたりするのは、さすがにここも十四年の歳月がうかがわれるのであった。

探偵はバーにいる / 東直己

1980年代、バブル前夜の札幌を舞台に繰り広げられる長編ハードボイルドミステリーです。

主人公はススキノのバーを拠点にしている私立探偵で、行方不明の若い女性の捜索を行う中で、次々と大きな事件に巻き込まれていきます。

ちなみに、大泉洋主演映画「探偵はBARにいる」の原作は、本作の次に発表された作品「バーにかかってきた電話」なので、お間違えのないように。

ご当地ミステリーがお好きな方に。

俺の部屋はススキノの少し外れに建つビルの八階にある。靴を脱がずに部屋に入り、ゴミや空き瓶や食いカスやを蹴散らしながらベランダに行き、カーテンを開けた。俺はここからの眺めが気に入っている。右側にススキノの雑居ビルが立ち並び、その中を細い川が流れ、両側に裸木がひっそりと佇んでいる。

ひつじが丘 / 三浦綾子

戦後間もない昭和20年代の札幌を舞台に繰り広げられる長編ヒューマン小説です。

主人公は、北星女子高校を卒業したばかりの若い女性で、父はキリスト教会の牧師さん。

主人公は、父の教会に通う高校時代の教師から好意を寄せられていますが、彼女自身は、その教師の友人である不良めいた男性に心惹かれていきます。

周囲の反対を押し切り、男性との同棲生活を始めたものの、男性は定職にも就かず、酒と女に溺れるだけという完全なクズ男。

主人公は男性との別れを何度も決意しますが、ダメ男に惹かれた女性あるあるの「本当は良い人なの」理論が、彼女の理性を妨害します。

随所に登場する戦後札幌の街の描写は読み応えたっぷり。

割り切れない大人の男女関係に憧れる人に。

二人は駅前通りへ出た。「あら、アカシヤの花が咲いているわ」「ほんとうだ、もう咲いているんだね。今年は早いんじゃないかなあ」二人は人の波に飲まれながら、白いアカシヤの花を見上げていた。

https://sukidesu-sapporo.com/2019/06/16/miuraayako-hitujigaoka/

羊をめぐる冒険 / 村上春樹

1970年代後半の札幌を舞台に繰り広げられる大人の青春ミステリーです。

正確に言うと、物語の冒頭は東京で始まり、札幌で展開し、道北の十二滝町(架空)で完結します。

主人公は、東京で小さな広告代理店を経営する男性で、広告に使った一枚の写真から、たった一匹の羊をめぐる大きなトラブルに巻き込まれてしまいます。

札幌の「いるかホテル」に滞在して、写真の羊を探し回るなど、札幌は作品の中で重要な舞台として登場しています。

ただし、札幌の街に関する描写はほとんどないのが残念。

切ない大人の青春物語を感じたい人に。

札幌の街は広く、うんざりするほど直線的だった。僕はそれまで直線だけで構成された街を歩き回ることがどれだけ人を摩耗させていくか知らなかった。僕は確実に摩耗していった。

ダンス・ダンス・ダンス / 村上春樹

1980年代バブル期の札幌を舞台に繰り広げられる大人の青春ファンタジーです。

正確に言うと、東京から始まった物語が札幌で展開し、ハワイ旅行も入れながら東京で完結します。

「羊をめぐる冒険」の続編ということで、札幌の「いるかホテル」が重要な役割を果たしていますが、札幌の街の描写そのものは相変わらず多くありません。

大人の男性の友情をテーマにしながら、奇抜な事件に巻き込まれていくあたりは、本当に読み応えがあります。

切ない大人の友情物語で泣きたい人に。

僕は札幌の街につくと、ぶらぶらいるかホテルまで歩いてみることにした。風のない穏やかな午後だったし、荷物はショルダー・バッグひとつだけだった。街の方々に汚れた雪がうずたかく積み上げられていた。

いかがでしたか

札幌を舞台にした小説は、明治時代から現代に至るまで、本当にたくさんの作品が発表されています。

共通しているのは、それぞれの時代の札幌の街が、まるで写真のように記録されているということではないでしょうか。

思いつくままにご紹介してみましたが、いずれ第2弾もご紹介したいと思います。

ABOUT ME
kels
札幌住み歴38年目。「楽しむ」と「整える」をテーマに、札幌ライフを満喫しています。妻と娘と三人暮らし。好きな言葉は「分相応」。