旧・札幌ピープル

渡辺淳一「阿寒に果つ」~自殺した天才少女画家・加清純子の伝記小説を読む

阿寒に果つ

渡辺淳一と言えばゲス不倫小説の名手として超絶有名な大先生ですが、「ゲス不倫小説はちょっと苦手かも~」という方も多いのではないでしょうか(僕はゲス不倫小説を書いていないときの渡辺淳一が好きです)。

今回はゲス不倫小説の名手が手掛けた、ゲス不倫小説とはちょっと毛色の違う青春小説をご紹介しちゃいますよ。小説のタイトルは「阿寒に果つ」。

タイトルだけで既にかっけー!

渡辺淳一ってどんな作家?

小説「阿寒に果つ」の作者・渡辺淳一(わたなべじゅんいち)は、1933年(昭和8年)10月、北海道空知郡上砂川町に生まれました。

空知というのはたくさんの炭鉱があったことで栄えた歴史を持つ地域です。

札幌に転居後は、札幌市立幌西小学校、北海道札幌南高等学校、札幌医科大学医学部と進学、医大卒業後は、勤務医として働いた後、プロの小説家として独立しました。

デビュー当初はシリアスな病院ものが中心でしたが、ゲス不倫作家としての才能開花後は「失楽園」「別れぬ理由」などのベストセラー作品を輩出しています。

また、「リラ冷えの街」や「北都物語」など、札幌の街を舞台とした小説も数多く残しました。

2014年(平成26年)4月30日逝去。

享年80歳でした。

札幌の中島公園の近くには渡辺淳一博物館があります。

「阿寒に果つ」ってどんな小説?

小説「阿寒に果つ」は、雑誌「婦人公論」の1971年(昭和46年)7月号から1972年(昭和47年)12月号に連載された作品で、1973年(昭和48年)11月に中央公論社から刊行されました。

作者38歳のときの作品で、1970年(昭和45年)に直木賞を受賞した直後のものです。

1975年(昭和50年)には、渡辺邦彦監督により映画化もされています。

主演は五十嵐じゅんでした。

小説のおおまかな内容としては、札幌南高時代に自殺して亡くなった同級生の女の子の自殺の真相を知りたいとの思いから、彼女と関わりのあった男たちから話を聞いて回り、高校時代の彼女の素顔に迫ろう、青春のはかなくも美しい思い出に浸ろうという大人の感傷に溢れた小説です。

舞台は戦後間もない昭和20年代の札幌。

著者の実体験をベースとして、リアルな札幌が舞台に描かれているので、僕はこの作品がずっと好きなんですよね。

主人公も彼女も高校生だからゲス不倫小説にはなりにくいし。

と思ったら、主人公の恋した女子高生は絵の師匠である画家(32歳、妻子あり)としっかり性的関係を持っていました!

ゲス不倫の呪縛すごすぎるぜ、、、

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「阿寒に果つ」あらすじ(ネタバレ注意)

高校時代、主人公は「天才少女画家」と世間に騒がれていた同級生の女の子に恋をしますが、彼女は画家やカメラマンなどといった文化人を自称する大人たちの間でも人気の美少女。

恋の作法の分からない彼には、彼女を自分のものにすることはできません。

結局、深い関係になる前に、彼女は多くの男たちと浮名を流した末に、阿寒湖を見降ろす雪山の中で多量の睡眠薬を飲んで自殺してしまいます。

あれから20年。

大人になった主人公は、当時の彼女と関わりのあった男たちを訪ねて回り、彼女の自殺の利用を突き止めようとします。

やがて、謎多くして死んだ女子高生の知られざる過去が次々と明らかになっていきますが、、、

ゆるゆる文学散歩

「阿寒に果つ」は札幌南高校に通う女の子が中心の物語なので、舞台である昭和20年代の札幌がたくさん描かれています。

ススキノ交差点の近くにあった喫茶店ミレット、大通公園から円山地区へと続く道、札幌南高校のすぐ近くにあった豊平川の堤の登り口のポプラなど。

主人公と、彼が恋した女子高生が通っていた学校が、札幌の電車通りにある北海道札幌南高校です。

今回は、主人公と彼女が初めて出会った場所であり、幼い恋の舞台である、この札幌南高校を訪ねてみました。

雪の中の札幌南高校雪の中の札幌南高校

札幌南高校は「旧制一高」らしく札幌を代表する高校であり、つまりは北海道を代表する高校です。

政治家や経済人、医師や弁護士など、北海道を代表する著名人を多数輩出していることでも知られています。

80年代「なぜか笑介」のヒット作品を生んだ聖日出夫も「札南(サツナン)」の卒業生でした。

当時の私達は旧制から新制への学制の切り替え時に当り、高校二年の春から男女共学になった。それまで札幌市内にあった公立の三つの男子高校と、二つの女子高校が、一旦統合され、それから東西南北、四つの地域に男女それぞれ同数に近く再配分され、住んでいる場所に近い高校に通うことになったのである。私の家は市の南西の山に近いところにあったので、第一高校から南高校と改められた学校へそのまま通うことになり、時任純子は道立札幌高等女学校から、彼女の家のすぐ前の南高校へ移ってきた。

何気に戦後の学制改革の様子が解説されていてお役立ちです。

札幌市内の高校で「伝統校」と言えば「東西南北」という都市伝説は、まさに戦後のこの瞬間に生まれたわけですね。

図書館は学校とは渡り廊下でつながった別棟の二階建ての洋館で、一階は閲覧室になり、二階は書庫と、それに続いて三坪ほどの部員室があった。

現在の校舎は1995年に新築された新校舎で、昭和20年代を偲ぶことは難しいみたいですね。当たり前なんですが。

札幌南高校「六華の門」札幌南高校「六華の門」

かろうじて残されていたのが、札幌南高校の象徴である「六華(りっか)の門」です。

当時、実際に使われていた校門が、こうしてきちんと保存されているというところに、伝統校の誇りを感じますね。

門の横には「六華の門」の由来が書かれた碑もあるのですが、雪で読むことができません。

北海道の冬の文学散歩あるあるです(こればっか)。

この校庭で雪像つくりがはじめて行われたのは、高校二年生の冬であった。校庭に各クラスが一基ずつ雪像をつくり、教師が審査員になってコンクールがおこなわれる。札幌の雪祭りは、昭和二十七年からはじまったのだから、私達の高校の雪像コンクールは歴史からいえば、それより一年早いことになる。

さらに、何気に札幌雪まつりの発祥伝説にかかわるようなエピソードが登場しています。

もっとも、第1回さっぽろ雪まつりでは、市内の高校4校が市の要請を受けて雪像づくりに参加していますが、札幌南高校は参加していなかったようです(当時の記録では、札幌西、札幌東、札幌工業、北海の4校が参加したみたい)。

もしかすると、雪まつり開催中も校庭で独自の雪像づくりに励んでいたのかもしれませんね。なにしろ「自主自立」が校訓の学校ですから。

渡辺淳一の母校である札幌南高校へは、地下鉄南北線「幌平橋」駅、または市電「静修学園前」停留所から歩いて行くと便利です。

中島公園や豊平川にも近いので、散策にも非常に良い環境だと思いますよ。

ゆるゆる読書レポート

正直に言って、大人のセンチメンタリズムに溢れた、大人のための青春小説です。

過去を美化したおっさんたちが次々に登場しては、女子高生との切ない純愛物語を述懐するというあたり、評価が分かれそうなところです。

年取ると、どんな黒歴史も美しい思い出になるんだっていうことを、僕はこの小説から教わりました。

彼女に絵を教えていた元中学校教師の画家のおっさんは、谷崎潤一郎の「痴人の愛」の主人公のように自由奔放な女子高生に振り回され、もう家庭まで投げうってしまうくらいにメロメロ。

「妻と離婚したら、本当に結婚してくれるのか?」って、不倫男性の決まり文句も登場します。

そもそも離婚してゼロになってからがスタート地点なのにね。

いや、そもそも妻子あるおっさんが絵の勉強を口実にして女子高生とやりまくっただけだろうっていう話なんですが、なぜかこれが純愛みたいに美しく描かれている(笑)

僕は純粋に札幌の街が描かれた小説という観点で鑑賞してもいいかなーと軽く考えています。

喫茶店「ミレット」は札幌の駅前通りの薄野の交差点の手前にあった。店は入口に近くカウンターがあり、その右手に十組近くのボックスがあったが、それらの椅子は、どれもヨーロッパの映画にでも出てきそうな、十七、八世紀ふうの背もたれがついた細くて長い木製のものだった。

こんなふうに実在の喫茶店「ミレット」が登場したりしているので、戦後の札幌の情景に思いを馳せるだけでも、読む価値のある作品だと僕は思います。

なにより、戦後の北海道美術界で大きな話題を振りまいた天才少女画家の記録の一つとしては、非常に貴重なものであることは間違いないし。

女子高生に群がった男たちの妄想込みだったとしても。

ただ、ひとつ書いておきたいことは、天才少女画家を客観的に伝える記録としては物足りないことも確かです。

だって、一人の女流画家のことが男性目線からだけで描かれていて、なおかつ、彼女を性的対象としてとらえていた男たちの回想ばかりの分析なんて、客観的な記録とは言えないだろうって思うから。

やはりこれは小説であり、しかも20年前の記憶を美しい思い出としてとらえている、おっさんたちの青春物語として読むのが正しい読み方なのかもしれませんね。

まとめ

いろいろと突っ込みどころが満載ではありますが、僕はこの小説が好きです。

最後に、この小説のポイントを簡単にまとめておきますね。

・昭和20年代の札幌が舞台
・複数の男たちの実体験をベースに描かれている
・天才少女画家のモデルは実在の人物 加清純子さん

札幌文学散歩の題材としては、十分に楽しめる作品だと思います。気になった方は、ぜひ読んでみてくださいね。参考になれば幸いです!

http://sukidesu-sapporo.com/2019/04/14/kasei-jyunko-ten/

ABOUT ME
kels
札幌住み歴38年目。「楽しむ」と「整える」をテーマに、札幌ライフを満喫しています。妻と娘と三人暮らし。好きな言葉は「分相応」。