解体作業中の北海道百年記念塔を見てきました。
1970(昭和45)年に北海道百年記念事業の一環として建てられた一大モニュメントの解体。
歴史はこうやって風化していくんだなあと思いました。
北海道百年の節目に建てられた百年記念塔
北海道百年記念塔は、1970年(昭和45年)に建てられた歴史モニュメントです。
場所は、これも北海道100年記念で道立公園に指定された野幌森林公園。
北海道開拓100年に因んで建てられた高さ100メートルの塔には、札幌市街など石狩平野を一望できる展望室が設けられていました。
苦労して北海道を開拓してきた人たちにとっては、まさに歴史を象徴するモニュメントだったようです。
ちなみに、1968年(昭和43年)当時の100年とは、「北海道命名100年」ではなく、「開道100年」のこと。
北海道開拓の歴史の象徴として建設されたものだったんですね。
呆気なく決まった北海道百年記念塔の解体
百年記念塔の建設から50年が経とうかという頃、老朽化問題が発生しました。
はじめに展望台への立ち入りが禁止され、続いて、塔に近づくことさえ禁止されていきます。
そして、北海道開拓から150年を迎えるにあたり、記念塔の解体が決定されました。
歴史的な大モニュメントが、わずか50年という短い寿命で解体されることになるなんて、50年前の人たちは想像さえしなかったでしょうね。
歴史的に考えると、かなりの笑い話になりそうです。
当時の記録を読むと、記念塔が建設された当時、開道100年を迎えた北海道民の熱気は、凄まじいものがあったようです。
実際に北海道開拓を担ってきた開拓者たち(一世や二世)の情熱が、こうした熱気を支えたのでしょうか。
円山陸上競技場で開催された記念セレモニーには、天皇皇后両陛下が臨席するくらい、百年記念事業は、北海道にとって非常に重大なイベントでした。
真駒内公園で開催された「北海道百年記念・北海道大博覧会」とか、覚えていますか?
あの時代、北海道の未来は輝いていたんですね。
そう言えば、百年記念塔には、北海道の未来の発展を願う思いも込められていました。
呆気なく崩壊してしまったけれど。
あれから50年。
開道150年を迎えつつあった北海道に、開拓時代の苦労を偲ぶ情熱は、もはやありませんでした。
百年記念塔の老朽化問題にも、多くの道民が無関心。
結局、百年記念塔の解体はさしたる議論もなく、何となく決まってしまうのです。
小樽運河の存続運動とかに比べると、本当に世論の盛り上がりがなかったような気がします。
北海道開拓に対する歴史認識の風化
この問題のポイントは、北海道開拓に対する歴史認識の風化だと思います。
開道100年をピークに、北海道が近代の開拓地であるという認識は、大きく失われてしまったのではないでしょうか。
現在の道民には、開拓者の末裔という意識が希薄である──。
そんなところにも、百年記念塔の保存運動が盛り上がらなかった要因があるような気がします。
もしも、これが札幌時計台や道庁赤れんが庁舎、さっぽろテレビ塔だったら、こんなに簡単に解体できたでしょうか。
答えは、たぶんノーです。
街の中心部にある時計台や赤れんがは、人気の観光スポットとして、常に新たな歴史を刻み続けてきました(そして今も)。
現在進行形の歴史遺産、それが時計台であり、赤れんがです。
現在も生きている施設の解体なんて、そんな簡単に進むわけがありません。
一方で、百年記念塔は老朽化が進行する中、将来的な存続に向けた改修の議論は進みませんでした。
残念だけど、歴史の中に忘れられた歴史遺産が百年記念塔だったのだと思います。
実際、百年記念塔は建設後、ほぼ建てっぱなしで、特段の活用方策があったわけではありません。
あったら、ここに至るまでに改修されていますよね。
こうやって考えてみると、この百年記念塔の解体というのは、なんだか歴史の必然だったようにも思えてくるのです。

これは解体ではない、風化だ
ただし、忘れられた歴史遺産の風化は、今後の北海道の大きなテーマだと思います。
今、北海道の各地から鉄道網が失われています。
これは、コスパの問題ではなくて、地方都市の風化を示す一つの現象に過ぎないのではないでしょうか。
地方都市そのものが、忘れられた歴史遺産として解体に追い込まれていく──。
地域の解体は突然にやってくるのではなく、少しずつ風化していくように思われるのです。
百年記念塔の解体議論にあたって、記念塔を存続した場合の必要経費についての試算が示されましたが、どうせだったら、北海道の地方都市を存続させる場合の必要経費についても試算してみてはどうでしょうか。
コスパ悪過ぎて存続に値しない地域が、かなりの数生み出せると思うのですが。
解体されていく百年記念塔を眺めながら、僕は、これは解体ではない、風化だと思いました。
そして、北海道の風化は、これからもっともっと進んでいくのだと。
もしかすると、百年記念塔の解体は、これからやってくるもっと大きなものの解体の、前触れに過ぎないのかもしれませんね。
解体中の百年記念塔を臨む野幌森林公園の噴水は、水が止められていました。
北海道開拓の村も、老朽化であちこちが「故障中」。
なんだか、巨大な廃墟が生まれつつある瞬間に、我々は今、立ち合っているような気がします。
一道民として、それは本当に寂しいことなのだけれど。
