旧・札幌ピープル

20世紀の札幌そごう、21世紀の札幌エスタというのが、札幌市民のエスタ物語だ

20世紀の札幌そごう、21世紀の札幌エスタというのが、札幌市民のエスタ物語だ

札幌市教育委員会編『さっぽろ文庫 88 札幌の商い』は、1999年(平成11年)3月に刊行された。

「第1章 百貨店」には、全部で8つのデパートが紹介されている。

このうち、「札幌そごう」「札幌西武」「ロビンソン百貨店」「プランタン」の4社が姿を消し、現在も続いているのは「丸井今井札幌」「三越」「丸ヨ池内」「さっぽろ東急百貨店」の4社である。

わずか四半世紀の間に、札幌から半分のデパートがなくなったかと思うと、生存競争の厳しさを感じないではいなれない。

札幌そごうは、1978年(昭和53年)9月1日に開店

札幌そごうは、1978年(昭和53年)9月1日に開店した。

当時、そごうは、東京ディズニーランドで百貨店業界唯一のオフィシャルスポンサーだったらしい。

九月一日の開店日当日は晴天で二八万人を動員した。早朝から夜まで、人波が切れること無く、入場制限を何度となく繰り返し、閉店のベルが鳴ってもまだ店に入ろうとする方が多かったと記録に残っている。(札幌市教育委員会『さっぽろ文庫 88 札幌の商い』)

札幌進出にあたり、そごうは「配送無料地区の拡大(小樽・石狩・北広島まで)」「食料品売り場の営業時間延長(19時まで)」「正月の初売り(1月3日から)」など、従来の札幌の百貨店にはないサービスを、次々と打ち出した。

初年度に220億円だった売上は、バブル期には500億円を超えていたというから凄い。

現在、平成十五年の春を目指した大規模プロジェクトとしてJR北海道が中心となって札幌駅南口の整備、開発を手がけている。百貨店、商業集積、ホテル、オフィスビル、劇場、アミューズメント施設等で構成され、二十一世紀初頭を飾る最大規模の開発プロジェクトで、これにより札幌の商業地図が大きく変わり、「大通ゾーン」から「駅前ゾーン」へ中心が移動することは、間違いない。(札幌市教育委員会『さっぽろ文庫 88 札幌の商い』)

札幌駅南口の再開発を睨んで、札幌そごうも「社内に南口開発のプロジェクトチームを発足させた」とあるが、当の札幌そごうは、本書が刊行された翌年の2000年(平成12年)12月にあえなく閉店となった。

百貨店業界においても、先を見通すことが難しい時代だったのかもしれない。

「札幌そごう」の文字はあっても「札幌エスタ」の言葉が出てこない

おもしろいのは、本書に「札幌そごう」の文字はあっても「札幌エスタ」の言葉が出てこないことだろう。

「札幌駅名店街、ステーションデパート、エスタ1番街、エスタ2番街からなる札幌駅ミナミ地下ほっとランド」という表現があるから、エスタといえば、札幌駅の地下街というイメージが強かったのかもしれない。

ちなみに、札幌JRタワーの整備に合わせて、「札幌駅ミナミ地下ほっとランド」は、「エスタ1番街」を残し、すべて1999年(平成11年)3月末に閉店となっている。

今また、北海道新幹線の進出に合わせて、「札幌パセオ」や「札幌エスタ」が姿を消していくというんだから、札幌の街の移り変わりは、25年周期のサイクルでやってくるような気がする。

「札幌そごう」が撤退して、このビルは突然に「札幌エスタ」という名前で市民に知られるところとなった。

20世紀の札幌そごう、21世紀の札幌エスタというのが、札幌市民にとってのエスタ物語だろう。

世代によって生きた時代が変わるように、年代によって持っている思い出も様々である。

我々は、また、街の歴史の一場面に立ち合うことになったらしい。

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kels
札幌住み歴38年目。「楽しむ」と「整える」をテーマに、札幌ライフを満喫しています。妻と娘と三人暮らし。好きな言葉は「分相応」。